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不眠症と漢方医学の考え方

不眠症の診断と治療

不眠症の直接の原因は「火(火邪)」です。火は陽気が熱に変化したものです。火は「外火」と「内火」に分けられます。外火は熱病をさし、内火は過剰な精神の刺激による感情の変化(「五志」)によって生まれた火をさします。いずれも実火ですが、実際には、陰液が不足し、相対的に余った陽気が変化した虚火がよく見られます。

 火が生まれると、夜になっても陽の特性である動(興奮)の性質が静まらないために眠れなくなるのです。

 心火が強くなる原因には、大きく三つのタイプ

 ①「心脾両虚」や「心陰虚」などのタイプです。
陰気に属す心血や心陰が損なわれたり不足すると、相対的に心の陽気が余ります。この陽気が熱を帯びると心火に変わり、神を乱すために、不眠症が起こります(虚火)。

 ②ストレスによって臓腑機能が過剰に亢進し、生まれた火が神を乱すために、不眠症が起こることもあります(実火)。

 ③脾胃、特に脾の機能が失調すると、臓腑の活動に必要な栄養素が十分につくられず、心血や心陰が不足したり、体内で「痰」や「湿」が生まれます。これらが熱を帯びて変化した「痰熱」が神を乱したり、「湿熱」が気の流れを妨げて神を乱す場合にも、不眠症が起こることがあります(本虚標実)。

 それでは、それぞれのタイプについて、具体的なメカニズムと治療を考えてみましょう。

心の栄養素が不足するために起こる不眠症

 心血が不足すると、心血虚の状態となります。相対的に余った心陽は熱を帯び、心火となって燃え上がります。そのため神は正常なリズムを失って、夜になっても動の状態が静まらず、眠れなくなります。

 心血虚の原因として最もよく見られるのは「脾気虚」です。というのは、心血は脾胃でつくられるからです。

 脾気虚になると、食欲がなく少ししか食べられない、おいしくない、息切れ、話すのがおっくう、声に力がない、軟便になったり下痢をするといった、症状が現れます。そのため、心血の源が不足して心は潤いと栄養を失い、心血虚の状態になります。

 心血虚になると、寝つきが悪くなり、夢をよく見るようになります。また、眠りが浅くなったり、朝早く目覚めてしまうようになります。これに、どうきがある、元気がない、顔のつやがない、唇の色が淡い、といった症状をともないます。また舌質の色が淡白になり、脈が細く弱くなるか、細く緩やかで無力になります。
 このような「心脾両虚」の症状がある場合には「加味帰脾湯」や「帰脾湯」を使います。

全身の火と水のバランスがくずれて起こる不眠症

心陰虚の症状に耳鳴りや腰・背痛、頭がくらくらするといった「腎精虧損」の症状が加わった状態を「心腎陰虚」といいます。このように、臓腑どうしの機能のバランスがくずれるために起こる不眠症もあります。その代表が「心腎不交」の不眠症です。

 心腎不交には、心の機能失調が腎におよんで起こるものと、腎の機能失調が心におよんで起こるものがあります。心が先に機能失調を起こす場合には、腎に影響がおよぶ前に不眠症が起こるので、腎陰不足の症状ははっきりしないことが多いのです。

 「心は火の臓、腎は水の臓」といわれるように、心陽は下降し、腎陽を助けて腎の機能を盛んにし、腎の陰精は上昇して心陰を補い、心陽が高ぶりすぎないようおさえるという関係にあります。心と腎は、助けあい、制約しあいながら、バランスをとって機能しているのです。

 腎陽は臓腑を温め、全身の活動を円滑にします。この生理機能を「相火」といいます。腎陰が損なわれ平衡を失った相火は、生理的な火から病理的な邪火に変化します(「相火妄動」)。そのため、生理的な相火の機能は障害され、水液を熱して目に見えないほど小さな栄養物質に変える「蒸騰気化」の作用が失調し、心の陽気を制御することができなくなります。

心の陽気は心火に変化して、神の安定が乱されるために不眠が起こるのです。
 頭のふらつきや、耳鳴り、寝汗、のどの乾燥、イライラのほか、男性ではインポテンツ、女性では月経不順をともないます。また、舌質は紅く舌苔は少なくなり、脈は細く脈拍数が多くなります。
 このような不眠症には「天王補心丹」などを使います。

ストレスが精神情緒を乱して起こる不眠症

現代社会では、自分が思っている以上にストレスがたまりやすくなっています。ストレスのように、からだに変調を起こす原因となる感情の変化を、中医学では「喜」「努」「憂」「思」「悲」「恐」「驚」の七つに分けています。これをまとめて「七情」といいます。
 ストレスを受けやすいのは「肝」です。精神情緒がのびやかになるようにコントロールしているのは肝だからです。このような肝の機能を「疏泄」といい、ストレスによって肝の疏泄機能が失調した病態を「肝気鬱結(肝鬱)」といいます。肝の機能が滞ると、やがて熱が生まれます(「肝鬱化火」)。

 肝と心は母と子の関係にあるので、肝で生まれた火は心に移って「心肝火旺」の激しい熱症状を引き起こし、一晩中眠れなくなります。また、舌の先端や縁の部分が紅絳(濃い紅)色になり、脈は弦を張ったようで、しかもなめらかになります。
 このときは、実火を取り除く「三黄瀉心湯」や「黄連解毒湯」「竜胆瀉肝湯」といった苦寒の薬を使用します。

 この状態がしばらく続くと、やがて肝血が消耗されて傷つき、「肝鬱血虚」の状態となります。肝血が失われると心血も不足して「心肝血虚」で火が非常に激しい状態となります。これは「虚実錯雑」という複雑な病態で、心の症状である不眠やどうきに加えて、肝の症状である胸の脇の脹りや痛み、口が苦い、経血量の減少あるいは無月経、腰や背中の脹りと痛み、食欲不振、頭のふらつき、目のかすみ、爪のつやがなくなる、舌質が紅くなり舌苔が薄い黄色になる、弦を張ったようで、しかも空虚な脈をふれる、といった症状が現れます。

 このようなタイプの不眠症には「加味逍遥散」と「杞菊地黄丸」をあわせて使うといいでしょう。

ストレスが消化機能を損なって起こる不眠症

肝は消化作用をコントロールする機能も持っているので、肝の機能失調は、脾胃に影響しやすい傾向があります。
 脾胃の機能が失調すると、津液がめぐらず、「痰湿」という病理産物に変化します。さらに、肝鬱によって生まれた熱と痰湿が結びつくと「痰熱」が生まれます。痰熱が心におよぶと、心火が激しくなって神の安定を乱します。
 このような「痰熱内擾」の不眠症では、口が苦い、目がくらむ、頭が重い、ムカムカする、吐き気、ゲップ、たんが多くなる、といった症状のほか、舌質が紅くなってべっとりした「膩苔」がつき、玉をころがすような脈が現れ、脈拍数が多くなります。
 この場合には「黄連温胆湯」で治療します。

気の小さな人がかかりやすい不眠症

もともと気が小さく、心配性で、いつまでもささいなことにこだわってくよくよし、驚きやすく、こわがりで、すぐ泣くのは、「心気虚」があるからです。  気が小さいということは、決断ができないということにもつながります。中医学では、決断は「胆」が行うと考えますから、心の気血不足は、必ず「胆気虚」をともなうといえます。  胆と、水液の通り道である「三焦」の関係は密接で、いずれも水液代謝に重要な役割をもっています。胆気虚になると、水液を全身に運ぶ力が不足するために「痰湿」を生みやすく、また表裏の関係にある肝に影響して疏泄機能を停滞させます。この結果生まれた痰と熱は結びついて痰熱となり、痰熱が上昇して神を乱します。  このような「心胆虚怯」のタイプでは、不眠のほか、口が苦い、目がまわる、頭が重い、胸苦しい、ムカムカする、ゲップが出る、たんが多くなる、といった症状をともないます。心の気血両虚のうえに痰湿があるため、舌質は淡色で膩苔が現れます。脈象は、弦を張ったような、しかもなめらかで弱い脈をふれるようになります。  この場合には「加味温胆湯」などを使います。

暴飲暴食が不眠症を引き起こすこともある

脾胃の消化能力を超えて暴飲暴食をしたり、おいしいものばかりを食べると、からだの活動に必要な気や血、心液をつくって全身に送り、不要な物質をからだの下のほうに送る脾胃の機能が失われます(「胃気不和」)。  飲食物を受けて消化する胃の働きが失調すると、脾の働きも失調して脾気が昇らない「昇降失調」の状態になります。脾は全身の気の流れを統轄しているので、脾胃の昇降失調が起こると、心と腎の交通も滞って、心気は下降できず、腎水は上昇できなくなります。そのため、神はよりどころを失って不眠が起こります。  腹満や腹脹、腹痛、胃のむかつき、吐き気、卵の腐ったようなゲップ、酸っぱい水がこみ上げる、便秘といった、さまざまな症状のために、眠れなくなります。また黄色くベタッとした舌苔や、黄色く乾燥した舌苔が現れるのに加え、脈がピンと張ったなめらかな状態あるいはなめらかで脈拍数が多くなります(「腑気不通」)。  このような場合には、「防風通聖散」や「調胃承気湯」などを使うといいでしょう。

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